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小泉信三先生の思い
ネルー 明治38年5月27日、東郷平八郎大将率いる連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を対馬沖で迎撃し未曾有の勝利を収めたことによりロシアは継戦意欲を失い、アメリカ大統領の仲介で米国ポーツマスにおいて日露講和条約が締結されました。
日露戦争の勝利により、我が国は独立を全うし国際的地位を高め、また、有色人種として蔑視され、抑圧、蹂躙されていたアジア・アラブ諸国に希望を与え、独立の気運を促進しました。
 当時16歳であったインドの独立運動家で後に首相となったネルーは、日本の勝利に血が逆流するほど歓喜し、インド独立のため命を捧げる決意をしたと自伝で述べ、また、次のように子供に話したと伝えられています。
 「日本は勝ち、大国の列に加わる望みを遂げた。アジアの一国である日本の勝利は、アジア全ての国々に大きな影響を与えた。私は少年時代、どんなに感激したかをおまえによく話したものだ。
 たくさんのアジアの少年、少女、そして大人が同じ感激を経験した。ヨーロッパの一大強国は敗れた。だとすれば、アジアは昔、度々そういうことがあったように、今でもヨーロッパを打ち破ることもできるはずだ。」

孫文 中国の革命運動の指導者であり「建国の父」と仰がれている孫文も、「これはアジア人の欧州人に対する最初の勝利であった。この日本の勝利は全アジアに影響を及ぼし、アジアの民族は極めて大きな希望を抱くに至った」と述べています。
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